画像出典:グアム政府観光局

Spot 更新日:2026.09.11
公開日:2026.03.21

チャモロ人とは?グアム先住民のルーツ・特徴・文化をやさしく解説

目次

チャモロ人って、グアムのどんな人たちなんだろう?

グアム博物館の展示室
画像出典:グアム政府観光局

グアムの街や市場で出会う人たちの多くは、この島に4000年前から暮らす先住民「チャモロ人」の子孫です。

この記事では、チャモロ人のルーツや言語・宗教・食に見る特徴、今の暮らし、文化と出会える場所をご紹介します。グアムの人や文化を知ってから旅に出たい方は、参考にしてみてください。

▼ この記事の3つのポイント

  • チャモロ人はマリアナ諸島の先住民で、今もグアム最大の民族グループ
  • ルーツは約4,000年前に東南アジアから海を渡ってきた人々
  • 挨拶「ハファデイ」・村祭り・レッドライスに独自の文化が息づく

チャモロ人とは?

バレー・オブ・ザ・ラッテ・アドベンチャー・パーク
画像出典:グアム政府観光局

ここでは、「チャモロ人ってどこの国の人?」「ルーツはどこ?」という疑問に、まとめてお答えします。定義・ルーツ・名前の由来の3つを押さえると、このあとの文化や歴史の話が理解しやすくなるでしょう。

チャモロ人はマリアナ諸島の先住民。今はアメリカ国籍のグアム市民

チャモロ人とは、グアムやサイパンを含むマリアナ諸島に古くから暮らしてきた先住民のことで、「チャモロ族」とも呼ばれます。

グアムはアメリカの準州(アメリカに属しているものの、州ではない地域)のため、現在のチャモロ人はアメリカ国籍を持つアメリカ市民です。

2020年の国勢調査では、グアムの人口約15万4,000人のうち約4割にあたる約6万3,000人がチャモロ系と回答しており、今も島でいちばん大きな民族グループとなっています。

ルーツは約4,000年前に東南アジアから海を渡ってきた人々

チャモロ人の祖先は、4000年以上前に東南アジアの島々からカヌーで海を渡り、マリアナ諸島にたどり着いた人々だと考えられています。

大海原を越えてきた航海の民であり、9〜15世紀ごろには「ラッテストーン」と呼ばれる石柱の上に高床式の家を建てる独自の暮らしを築きました。

今もグアム各地に残るラッテストーンは、古代チャモロ人の高い技術を伝える島のシンボルです。

「チャモロ」という名前の由来

「チャモロ」という呼び名の由来には諸説あり、はっきりとは分かっていません。

古代チャモロ社会で身分の高い階級を指した「チャモリ」から来たという説や、スペイン語で「刈り上げた頭」を意味する言葉から来たという説が知られています。

近年は現地の発音に近い「CHamoru(チャモル)」という綴りも公式に使われ、自分たちの呼び名を取り戻す動きが進んでいます。

チャモロ人の特徴は?言語・宗教・家族観・食文化の4つで解説

バレー・オブ・ザ・ラッテの住居跡
画像出典:グアム政府観光局

チャモロ人の特徴は、4000年の歴史のなかで生まれた独自の文化と、スペイン・アメリカなど外からの影響が混ざり合っているところにあります。

ここでは、旅行中に実際に触れる機会の多い4つの側面からご紹介します。

言語|チャモロ語と英語の2言語。挨拶は「ハファデイ」

グアムの公用語は英語とチャモロ語の2つで、日常会話は英語が中心です。ただし挨拶や地名、料理名にはチャモロ語が今も生きています。

旅行中にすぐ使えるのが、「こんにちは」を意味する「ハファデイ(Hafa Adai)」。お店やホテルでこの一言を返すだけで、会話がやわらかくなります。

「ありがとう」は「シジュウス マアセ(Si Yu’os Ma’ase)」、「さようなら」はスペイン語由来の「アディオス」です。ハガニア、タムニングといった地名も、チャモロ語がもとになっています。

宗教|カトリック信仰と村ごとのフィエスタ

チャモロ人の多くはカトリック教徒で、17世紀にスペインの宣教師が伝えた信仰が今も暮らしの中心にあります。

グアムの各村には守護聖人が定められており、年に一度その聖人を祝う「フィエスタ」という村祭りが開かれます。当日は親戚や近所の人が集まり、家々に料理が並ぶにぎやかな一日です。

家族観|大家族と助け合いの精神・イナファマオレク

チャモロ人の暮らしの土台は、大家族と助け合いの心です。古くから母方の血筋で家系をつなぐ伝統があり、祖父母や親戚が集まって食卓を囲むのが当たり前の光景でした。

「調和をつくる」という意味のチャモロ語「イナファマオレク(Inafa’maolek)」は、年長者を敬い、支え合うという文化の根っこにある価値観です。旅行者が感じる島の人の温かさは、ここから来ています。

食文化|レッドライス・ケラグエン・BBQに残る歴史

チャモロ料理には、東南アジア・スペイン・フィリピン・アメリカと、この島が歩んできた歴史がそのまま表れています。

お祝いの席に欠かせない赤いご飯「レッドライス」は、アチョーテという植物の実で色づけしたもの。「ケラグエン」は、焼いた鶏肉や魚介をレモン汁とココナッツ、唐辛子であえた、さっぱりとした味の一品です。

豪快に焼き上げるBBQはアメリカの影響で、今ではチャモロ人の集まりに欠かせない定番になっています。

代表的なグアム料理や食べられるお店は、こちらの記事で詳しく紹介しています。

あわせて読みたい▼ グアムのご当地グルメを堪能したい!人気の食べ物や食事スポット

チャモロ人が歩んできた歴史を年表でざっくり理解

ラッテストーン
画像出典:グアム政府観光局

チャモロ人の歴史を語るうえで欠かせないのが、スペイン統治時代の出来事です。1668年に宣教師が来島して本格的な統治が始まると、抵抗するチャモロ人との戦争や、外から持ち込まれた病気によって人口が激減しました。

グアム政府観光局によると、かつて10万人ほどいたとされるチャモロ人は、戦争が終わったころには5,000人以下にまで減ったといわれています。

それでも言葉や家族の文化を守り抜き、現在につないできたのがチャモロ人です。おおまかな流れを表にまとめました。

特徴関連スポット
古代チャモロ時代祖先は、約4000年前に東南アジアから渡来した人々。独自の文化を発展させる。・ラッテストーン公園
・チャモロビレッジ
スペイン統治時代1565年より長きにわたり、スペイン統治時代が続いた。・スペイン広場
・ソレダット砦
キリスト教が広がる宣教師団が来島。教会や学校を建て、キリスト教の教えを広めた。・聖母マリア大聖堂
・アプガン砦
スペイン・チャモロ戦争伝統を尊重するチャモロ人と西洋文化が衝突。新たな文化を形成していく。・恋人岬
日本の時代太平洋戦争によって、約2年半の間、日本の統治下となる。・平和慰霊記念公園
戦後から現代アメリカの統治下となる。観光業が発展し、リゾート地に。・グアムミュージアム

時代ごとの出来事や、歴史をたどれるスポットは、こちらの特集で詳しく紹介しています。

あわせて読みたい▼ グアムの歴史と文化に触れる旅へ|名所・体験・グルメを完全ガイド

今のチャモロ人はどんな暮らしをしている?

カラバオに乗る女性
画像出典:グアム政府観光局

ここからは、旅行中に実際に出会う今のチャモロの人たちの姿もご紹介します。伝統を大切にしながら、アメリカの一員として現代的な暮らしを送っているのが、現在のチャモロ人です。

英語が日常語。フィリピン系など多民族と共に暮らす島の中心

今のチャモロ人は、英語を日常語として使い、アメリカ本土と変わらない生活を送っています。グアムはチャモロ人のほかに、フィリピン系の人々や、そのほかのアジア系、アメリカ本土出身者などが共に暮らす多民族の島です。

2020年の国勢調査ではフィリピン系が3割半ばを占め、チャモロ系に次ぐ大きなグループでした。街で出会う人の顔ぶれが多彩なのも、グアムらしさの一つです。

伝統は今も現役。3月はチャモロ月間で島中がお祝いムード

伝統文化は、現在進行形で受け継がれています。

毎年3月はグアム全体でチャモロ月間(Mes CHamoru)として文化を祝う期間で、南部のウマタック村ではマゼラン上陸を再現するディスカバリーフィエスタが開かれます。チャモロビレッジの水曜ナイトマーケットも、伝統のダンスや料理を楽しめる場です。

3月に渡航するなら、イベント情報をチェックしておきましょう。

日本とのつながり

チャモロ人と日本の関わりは、太平洋戦争中の約2年半の占領期にさかのぼります。

つらい歴史を経ながらも、戦後は長年にわたって日本人観光客を受け入れてきたため、日本に親しみを持つ人が多く、観光エリアでは日本語が通じる場面も少なくありません。

日本語で対応してもらえるホテルやレストランは、こちらの記事にまとめています。

あわせて読みたい▼ 日本語が通じるグアムのホテル・レストラン13選

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